PROJECT MOUNTAIN ❘ ⑧「静岡県島田市千葉山」俺なりの歴史編「廣智」〜山でキャンプしたら寺ができた?〜

PROJECT MOUNTAIN

廣智について深掘りしすぎて、手帳のメモと頭の中がいっぱいでパンクしそうな私でございます。

そして何より……

手帳の字、読めね〜。

もうちょっと読める字、書けや〜。(笑)

この人についてブログを書いたら、何十記事になることやら。

なので今回は、ざっくり行きます。

廣智について、もっと気になる方は、お店に来て、「廣智について聞きたいんですけど」と言ってください。

忙しくなかったら、分かる範囲でお話しします。

……

まぁ、忙しいこと、あんまりなかった〜。(笑)

さて、廣智です。

前回の記事で、廣智が千葉山に草庵を結んだ、というところまで書きました。

ここから千葉山は、山岳寺院として発展していったと伝えられています。

そして平安時代には、大伽藍(だいがらん)を持つほどになっていた。

……。

ここで、私の疑問。

なんで??

だって、ですよ。

最初は一人の僧が山に草庵を結んだわけですよね。

それが、いつの間にか大きな寺院になっている。

その間に何があったんだ?

もちろん、私が知らないだけで、いろいろな経緯があったのかもしれません。

廣智が山を下りて、

民家を一軒一軒訪ね歩き、

「みなさん、千葉山を信仰しましょう!」

と説いて回ったのかもしれない。

……いや、そんな伝承は見当たりません。

では、誰かが山に登ってきたのか?

千葉山は、それほど高い山ではありません。

でも、当時の山道です。

たまたま登ってきた人と出会って、

「ここに廣智という凄い僧がいますよ」

「へぇ〜、じゃあ私も信仰します」

となったのか?

可能性はゼロではない。

でも、それだけで大伽藍まで発展するのか?

そこで私は、廣智という人物をもう一度見てみました。

すると、ちょっと面白いことが見えてきます。

人のいる場所で活動していた

廣智は、下野(しもつけ、今で言う栃木県のあたり)の大善寺などを拠点に活動し、仏教教団を率いていた人物だったとされています。

つまり、山の中で突然現れた、誰も知らない僧ではない。

現代で言えば……

まぁ、芸能人とまではいかなくても、かなり知られた人物だったのではないでしょうか。

人を育てる

そして、後に天台座主となる円仁など、重要な人物とも関わっています。

つまり、自分一人で活動していたわけではない。

人とのつながりがあった。

他の僧侶や教団とのネットワーク

師である道忠には、東国に広がる教団ネットワークがあったとされます。

廣智自身も、最澄などとの関係を持っていました。

つまり……

人がいる。

人を育てる。

人とのつながりがある。

そんな人物が、千葉山に草庵を結んだ。

……。

あれ?

これって……もともと有名で、人脈もある人が山でキャンプしたってことじゃない?

もちろん、当時は携帯電話もありません。

「俺、今、千葉山でキャンプしてるよ〜!」

なんてSNSに投稿することもできません。

あ〜、伝書鳩か?(笑)

でも、今とは方法が違っても、人から人へ情報が伝わることはあったはずです。

「あの廣智が千葉山にいるらしいぞ」

「へぇ、行ってみようか」

そんなことがあったとしても、私は不思議ではないと思うんです。

そして、人が集まり、信仰が広がり、少しずつ人が増えていく。

やがて草庵が寺院へと発展していった。

もちろん、これは私の想像です。

実際に廣智が、

「よし!千葉山で口コミを起こすぞ!」

なんて考えていたわけではありません。(笑)

でも、ここで私の商売人としての疑問が出てきます。

これって、現代のマーケティングと似てない?

今でも、

「誰かが良いと言っていた」

「有名な人が行っていた」

「友達から聞いた」

「口コミで評判になっている」

こういうところから、人は動きます。

広告もSNSもなかった1200年以上前。

それでも、人が人に伝えるという仕組みは存在していた。

もちろん、廣智がマーケティングをしていたわけではありません。

でも、結果だけを見ると……

1200年前の口コミマーケティング。

そう考えると、ちょっと面白くないですか?

結局最後に人を動かすのは、

「誰かから聞いた」

「ここ良かったよ」

という、人から人への言葉だったりする。

機械や道具は、1200年前とはまったく違う。

でも、人が人に伝える。

その根本は、案外変わっていないのかもしれません。

廣智が千葉山に草庵を結んだ。

そこから千葉山がどう発展していったのか。

正確なところは、私にはわかりません。

だからこそ、私は勝手に想像する。

「山でキャンプしたら、寺ができた?」

……いや、そんな簡単な話じゃないか。(笑)

次回の俺なりの歴史編は、順番的に源頼朝です!!

誰にも見られていないとちょっと寂しいので…お時間ある方、次回もお付き合い下さい!

千葉山のハイキングが少しでも楽しくなりますように!!

こちらの記事も廣智について書きました。

是非、ご一緒に読んでみて下さいね!

PROJECT MOUNTAIN ❘ ⑦ 「静岡県島田市千葉山」俺なりの歴史編「廣智」〜五色の瑞雲に導かれた男〜

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