千葉山の歴史を調べていると、必ず出てくるのが「十本杉」。
千葉山にある智満寺の周辺には、昔から大きな杉が何本も残されています。
その中でも、特に大きな10本の杉が「十本杉」と呼ばれています。
国の天然記念物にも指定されている、千葉山を代表する存在です。
ただ、今回調べてみて驚いたのは、杉の大きさだけではありません。
それぞれの杉に、名前が付いているんです。
しかも、その名前がなかなか興味深い。
廣智菩薩、千葉氏、源頼朝。
これまで調べてきた千葉山の歴史に登場した人物たちの名前が、ここでも出てくるんですよね。
今回は、そんな十本杉について調べてみました。
—十本杉って、そもそも何?
十本杉は、智満寺の周辺にある10本の杉の巨木群です。
1962年(昭和37年)には、国の天然記念物に指定されています。
樹齢はおよそ800〜1,000年とされ、長い年月を千葉山で過ごしてきた杉たちです。
ただし、現在は10本すべてが残っているわけではありません。
開山杉、子持杉、頼朝杉は、枯死や倒木によって失われています。
長い歴史を持つ木ですから、そういうこともあるのでしょう。
それでも、今なお残る巨木たちの姿を見ると、昔の千葉山がどんな場所だったのか、想像したくなります。
十本杉の面白いところは、杉の一本一本に名前が付いていること。
その名前を見ていくと、千葉山の歴史が少しずつ見えてきます。
開山杉(かいざんすぎ)
智満寺を開いたと伝えられる廣智菩薩のお手植えとされる杉です。
廣智菩薩が千葉山にやってきたのは、771年(宝亀2年)と伝えられています。
以前の記事でも紹介しましたが、智満寺の始まりに関わる人物ですね。
そんな廣智菩薩の名前と結び付けられているのが、この開山杉。
ただし、実際に廣智菩薩が植えたことを証明する史料があるわけではありません。
それでも、寺の開山と杉の存在が結び付けられてきたことは、興味深いところです。
名前の通り、大きな杉。
大杉(おおすぎ)
……いや、説明が終わってしまいそうですね(笑)。
こういうシンプルな名前も、巨木らしくて良いものです。
達磨杉(だるますぎ)
達磨のような姿に見えることから名付けられたとされる杉。
昔の人たちは、木の姿を見て、いろいろなものを想像していたんですね。
今の私たちが見ても、名前の由来を考えながら眺めると、少し違った見方ができそうです。
雷杉(かみなりすぎ)
こちらも、特徴的な姿から名付けられたとされる杉です。
達磨杉に雷杉。
名前だけでも、どんな姿をしているのか気になります。
ただ大きいだけではなく、一本一本に個性がある。
そんなところも、十本杉の魅力なのかもしれません。
常胤杉(つねたねすぎ)
ここで登場するのが、千葉常胤。
源頼朝を支えた有力な武士で、智満寺の再建にも関わったと伝えられる人物です。
常胤のお手植えと伝えられているのが、この常胤杉。
以前の源頼朝編でも登場した人物ですね。
ただし、こちらも実際に植えたことが確実に確認されているわけではありません。
歴史上の人物と杉の名前が結び付いている。
それだけでも、千葉山の歴史を考えるうえで面白い存在です。
経師杉(つねもろすぎ)
千葉太郎経師のお手植えと伝えられる杉です。
こちらも千葉氏に関係する人物の名前が付いています。
常胤杉と並んで、千葉山と千葉氏のつながりを感じさせる一本です。
ただ、この人物がどのような人だったのか、詳しいことはまだ調べきれていません。
こういうところが出てくると、また調べることが増えてしまうんですよね(笑)。
一本杉(いっぽんすぎ)
こちらも名前はシンプル。
一本杉。
ただ、千葉山に残る巨木のひとつです。
名前の由来については、はっきりとした説明を確認できませんでした。
現地で実際に見てみたい杉のひとつです。
盛相杉(もっそうすぎ)
盛相という人物のお手植えと伝えられる杉です。
読み方は「もっそう」。
この人物がどのような人だったのか、智満寺とどんな関係があったのか。
詳しいことは、まだ分かっていません。
名前の由来を調べていくと、知らない人物が次々に出てくる。
千葉山の歴史、なかなか奥が深いです。
子持杉(こもちすぎ)
子持観音に関係する杉とされています。
現在は倒木しており、かつての姿を見ることはできません。
「子持」という名前から、子どもや子孫に関わる信仰を想像したくなりますが、詳しい由来については、もう少し調べる必要がありそうです。
頼朝杉(よりともすぎ)
そして、今回の歴史編で特に気になるのが、この頼朝杉。
名前の通り、源頼朝のお手植えと伝えられていた杉です。
幹回りは約9メートル、高さは32メートルを超える巨木だったとされています。
しかし、2012年(平成24年)9月2日、倒木してしまいました。
樹齢は約800年と伝えられています。
現在は、倒木した木をもとに弥勒菩薩像が制作されるなど、別の形でその存在が残されています。
木としての姿は失われても、信仰の中で受け継がれている。
そう考えると、頼朝杉という存在が、また違った意味を持って見えてきます。
なぜ、杉に人の名前が付いているのだろう?
十本杉を調べていて、私が気になったのはここです。
廣智菩薩、千葉常胤、千葉太郎経師、源頼朝。
杉の名前に、歴史上の人物が登場します。
もちろん、すべての杉が本当にその人物によって植えられたのかは分かりません。
伝承と、史料で確認できる歴史は分けて考える必要があります。
それでも、こうした名前が残されているということは、昔の人たちが杉を単なる木として見ていたわけではない、ということなのかもしれません。
智満寺という寺があり、千葉山という山があり、そこに長い年月を生きてきた巨木がある。
その木に名前を付け、人物や信仰と結び付けてきた。
そう考えると、十本杉は、千葉山の歴史を伝える存在のひとつなのだと思います。
源頼朝と十本杉これまで調べてきた源頼朝編とも、ここでつながってきます。
智満寺には、源頼朝が千葉常胤らに命じて寺を再建させたという伝承があります。
そして、頼朝杉や常胤杉という名前が残されています。
ただし、寺の再建と、杉のお手植えの伝承は別の話です。
頼朝が実際に杉を植えたのか。
常胤が本当にこの場所に杉を植えたのか。
確かな証拠があるわけではありません。
それでも、源頼朝や千葉氏と智満寺の関係を考えるうえで、十本杉は興味深い手掛かりになります。
歴史を調べていると、こういう「本当のところはどうなんだろう?」という疑問が、次々に出てきます。
そして、また調べる。
終わりませんね(笑)。
※十本杉を訪れる方へここで、ひとつ大切な注意点があります。
十本杉は、智満寺の山頂・奥之院周辺に点在しています。
しかし、この場所は単なるハイキングコースや観光スポットではありません。
智満寺の公式案内では、本堂より上の奥之院への参道について、登山・ハイキング・トレイルランニング・健康ウォーキングなどでの通行を禁止しています。
奥之院周辺は、古くから信仰の対象とされてきた神聖な場所です。
十本杉を見に行く際には、智満寺の公式案内を確認し、参拝にあたっての注意事項を守ることが大切です。
詳しくは、智満寺の公式ホームページをご確認ください。


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