あ〜なるかもしれない。
こ〜なるかもしれない。
店を開けておけば、お客さんが来るかもしれない。
新しいプランを作れば、予約が増えるかもしれない。
ブログを書き続ければ、読んでくれる人が増えるかもしれない。
私は、この「かもしれない」が一番怖い。
なぜなら、何の保証もないからだ。
「これをやったら絶対に当たる!」
そんなことがあるのだろうか?
もし、そんな方法があるのなら、誰も苦労しない(笑)。
でも、何もしなければ、何も始まらないかもしれない。
結局、何かを始める時には、必ず「〜かもしれない」がついてくる。
だからといって、「かもしれない」だけで突き進むのは怖い。
期待していた結果にならなかった時、何が残るのだろう?
そんなことを考えてしまう。
では、どうすればいいのだろう?
「かもしれない」の先を想像する。
これをやったら、どうなるのだろう?
実際にやっている自分を想像する。
うまくいった時の自分を想像する。
結果が出た時の自分を、遠くから眺めている自分を想像する。
でも、それだけでは足りない気がする。
自分の期待だけで未来を想像していても、見えてこないものがある。
そこで、もう一人の自分を想像する。
自分を見ている誰か。
例えば、お客さん。
お客さんから見た自分は、どう映っているのだろう?
自分では良いと思っているプランも、お客さんから見れば魅力がないかもしれない。
自分では一生懸命に営業しているつもりでも、お客さんには何も伝わっていないかもしれない。
そう考えると、少し怖くなる(笑)。
誰かを気にして、何かをやるわけではない。
でも、自分を見ている誰かを想像する。
私の畑は、輝いているのか?
自分では一生懸命に畑を耕しているつもりでも、それがお客さんから見て魅力的な景色になっているとは限らない。
もしかしたら、まだ何も植わっていない畑に見えているかもしれない。
ビジョンというのは、自分がこうなりたいと思う姿だけではなく、誰かから見た自分を想像した時に、見えてくるものなのかもしれない。
「かもしれない」で突き進むのは怖い。
だから、誰かから見た自分を想像してみる。
そんなことを最近よく考えている。
でも、何が正解なのかは、まだよくわからない(笑)。
まぁ、考えたところで、明日の予約が増えるわけではないのだけれど。


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